2001年10月16日

col.1-3アメリカ同時テロ事件に対する一考察

現在、日本のこの事件に対する態度表明が問題となっている。アメリカは当然のごとく実行者を実行犯と呼び、彼らが所属した組織をテロ組織と呼んで報復を叫んだ。ヨーロッパ諸国も同様の見解を示し、同様の態度を示した。日本は少し遅れて同じような見解と態度を示した。僕は少しがっかりした。それは、日本は明らかに態度をどちらかに決めることを苦手とする国なのにヨーロッパと同じ土俵にあがったからだ。アメリカの顔色をうかがえば確かにそうせざるを得ないのだろうけれども、日本は「この事件は遺憾だけれどもその真相はわからない」とだけ表明すれば良かった。いずれ同盟関係上アメリカの言う通りに少なからずしなくてはいけないのだから…日本は西洋諸国の真似はしなくていいのだ。アメリカが報復の理由を考え、日本は友達だから行動を共にするみたいな態度はいらない。とにかくこうして考えると日本は第二次世界大戦で連合軍に負けた痛みを弱みを握られているのだと思う。これからの協力体制の現実的な在り方は、日本らしく協力するということを念頭に置いて欲しい。新法が様々と論議されているけれどもそれで良い。その日本の中途半端な態度こそイスラムとアメリカを中心とする西洋諸国の間には必要なはずだから。この問題の根っこがイスラム教:キリスト教という民族的な宗教対立ならば、それこそ善というものをおのおの持っているわけだから、無宗教でナショナリズムの台頭をおそれていて、何をやっても迷いながらの日本がその中途半端さを発揮すべき時だ。出来ればイスラム諸国とアメリカはFACE TO FACEに対峙しているだろうから日本は対峙の横側から関わって欲しい。―col.1終了
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2001年10月15日

col.1-2アメリカ同時テロ事件に対する一考察

アメリカは世界の民主主義をリードしてきた国だ。ソビエトが崩壊したのは原因にアメリカの存在は否めない。日本は親米国家として軍事的には安全保障条約のもと、また文化的にはアメリカに染まるほどアメリカの真似をしてきた。だとするならば、アメリカへの攻撃は日本をはじめとするアメリカの息のかかった民主主義への攻撃なのだろうか?少なくともアメリカを敵視する意志、憎む意志、攻撃するに値する理由の存在が認められるはずだ。アメリカが何をしたと言うのだろう?因果応報という公式をあてはめるならば、あのような攻撃を受ける因果があるのだろうか?世界の警察と称されたアメリカはその強大な国力・軍事力を使ってアメリカはその正義を行使してきた。それが恨み・敵意を買ったのだろうか。
対岸の火事と興味本位だけで眺めていた僕だったが色々な意味を考えるにつけ、これはアメリカの攻撃、対岸の友達の家への攻撃にとどまらずアメリカとその周辺への攻撃なんだと考えるようになった。つまり、民主主義への攻撃、日本に対する攻撃でもある。日本の誰に対する攻撃なのか。日本の観念に対する攻撃に他ならない。とにかくアメリカを否定したということはその同盟国である日本も否定されたのだ。そして、日本に住む僕もということになる。僕への攻撃と捉えるのは、たぶん僕がこの国に満足しているからなんだろう。僕が国家日本に所属していることを認識しているからなんだろう。対岸の火事ではない自分の家の火事でもあると考え始めると「俺は、何か悪いことをしましたか?」。そこまではすぐには考えられなかったけれど、自分にも及んでいる火事であることは体感温度で感じ取ったのであろうか。じっとしていられなくなり街にギターを弾きにいった。僕のこの事件に対する反射的な行動である。お客さんが来て『15の夜』を歌ってくれといわれたが浮かんでくるビル崩壊の映像と歌詞がその時点では合致しなかったので歌えなかった。『死に神たちのララバイ』という歌がとてもしっくり来た。ギター仲間とこの事件について語った。仲間は僕のようには考えていなかった。『すごいこと』が起こったという雰囲気だけが彼らの中にあった。僕の家の火事と捉えるのは頭だけで生きている偽善者なのか?―つづく
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2001年10月14日

col.1-1アメリカ同時テロ事件に対する一考察

2001年9月11日に起こったアメリカに対するテロ事件は湾岸戦争同様、歴史に刻まれることだろう。同時代に生きた一人として、政治家でもなく、自分の一生にすら確信をいまだ持てない30歳の1サラリーマンが率直なコメントを記しておきたいのだ。
一人の人間が怒りや悲しみや喜びを覚える時、その理由がある。それは一言では簡単に説明が効かないさまざまな要素が含まれているにちがいない。一粒の涙の理由には走馬灯のような体験事実があるということだ。
アメリカは、ニューヨークにある貿易センタービルに対して自国の民間旅客機をハイジャックされ衝突、爆破という被害を受けた。人間の命をはかりの単位として捉えるならば、ハイジャック犯(実行犯)何名かの命は同乗者とビルにいた者の命を奪った。この命の重さの比重は何だろうか。数名の命:五千人あまりの命という構図である。この数名の命は今のところビン・ラディン氏率いるイスラム過激組織とされている。イスラム過激組織:アメリカ人。
テレビを見て私がこの事件に対し思ったことを順に今思い出しながら記してみよう。仕事から夜の11:00頃、帰宅した私はNHKをつけた。何かニュースキャスターの表情と画面の雰囲気から『何か』が起こった感じが伝わってきた。画面が切り替わりビルから煙が立ち昇っている映像があった。「何があったのだろう」と考えただろうか、画面の文字を目の中に入れた気がする。『旅客機ビルに衝突』と書かれていただろうか。僕は最初、「事故か」と思った。また、映像とキャスターの言葉に全神経を奪われた。しばらくテレビに釘付けにされた。それが事故ではなく明確な人間の意識によるものだと知った時、『何を』考えただろうか。書き記すなら不謹慎にも「面白くなった」だろうか。「よくぞ」と言う思いだろうか。感嘆詞で著わすならば「わぁ〜、うぇ〜」だろうか、その後ビルが映像の中で崩壊するに至り興味本位で見ていた一視聴者から徐々にその意味付けを考えるようになった。アメリカは被害を受けた。多数の死亡者が出るだろう。なぜ、こんな事を実行したのだろう。犯人は死んだに違いない。自分の命を懸けてアメリカにダメージを与えたその純粋なものは何だろう。いったいだれが何のために。カルト宗教だろうか。―つづく
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