2008年03月01日

人間失格

先日、Yahoo!のニュースで
【<太宰治>「人間失格」はブログ文体? デスノートの小畑健の表紙で再び脚光】
という見出しを見つけた。
僕はこの本を 高校を卒業した春に読み、ひどく苦しんだ。
ちょうど浪人生活に突入したこと、それまでの管理された学校教育からポンと投げ出された不安感らが同時にからまって、ほんとに呪われたように太宰治の本に苦しめられた。
高校のときの国語の先生にも相談した。
到底、将来において太宰を納得できるかたちで自分が消化できるとは思えなかった。
太宰と大学進学といろいろわだかまった思いが一気に押し寄せた浪人生活だった。
太宰の本と出会わなかったことは今となっては考えられないし、救いというか癒しすら求められる。

この記事では、太宰ファンである作家の田口ランディさんのコメントを紹介している。

「コミュニケーションの不安と恐怖を描く作家は現代にも山ほどいる。太宰にはそれ以上のものがある」。
まずは「人間失格」というタイトルの力。「言わば究極の差別用語。この言葉に今、ものすごくリアリティーがあるんだと思います。
自分も他人も、実は人間失格なんじゃないかとみんなが思っているんじゃないでしょうか」




人間失格の時代、ということか。

 「人間失格の主人公、葉蔵は小悪人です。大罪を犯す悪人はどこかカッコイイけれど、葉蔵は他人の目を気にするとか、人を差別するとか、プライドが高いくせに傷つきやすいとか、全く下らないダメさなんです。美化され得ないダメさをここまで描き切った作品はない。だから誰もが葉蔵の中に自分をみる」と言う。その上で「今は情報がはんらんして娯楽も多く、ダメな自分と向き合う時間が削られている。でも私たちには、どんなに自分のダメさを見ないようにしても、それと向かい合い、考えざるを得ないさがのようなものがあるのでは」。

 仲間外れが怖くて人の悪口に同調して笑う、駅の階段でもたつくお年寄りに舌打ちする……そんなささやかな、普段は見ないふりをしている自分のダメさ……。

 「葉蔵は、自分のダメさを正面から見て引き受け、自分のダメさに耐え切れず薬や酒に手を出してダメになり、それをまた引き受ける。ダメを引き受ける天才(笑い)。しかし、ダメさを表現に引きずり出して、作品として完結させた太宰のその強さにこそ、私たちは感動し、生きる勇気を与えられるのだと思います」

20080226.JPG
僕が当時読んだときは、新潮社の文庫文だった。
今は、こんなデザインでも出版されているんですね。


posted by soullady at 03:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 徒然
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